【体験談連載】体外受精で念願妊娠kaho:子どもが欲しいと願い続け、妊活にささげた2年

初めまして。kahoと申します。28歳で結婚、29歳で不妊クリニックへ通いはじめ、タイミング法を3回、人工授精1回(中止)、体外受精4回を行い30歳で妊娠、出産しました。現在3ヵ月になる娘の育児中です。私が妊活を乗り越えていった過程を全5回にてお伝えしていきます。少しでも皆さんの参考になると嬉しいです。

結婚後、すぐに子どもが欲しくて自己流の妊活1年、不妊治療1年。

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愛知県在住の主婦(30)です。旦那は中学時代の同級生です。
現在、結婚3年目、3ヵ月になる娘の育児をしています。不妊治療は1年間、妊活期間は自己流を含めるとトータル2年間、当時は料理教室で講師の仕事をしながら治療を進めていました。
婚結後にすぐに子どもが欲しいと思っていた私は、子どもは望めばすぐにできるものだと思っていました。
基礎体温の計測や排卵検査薬を使用し試みるもなかなか出来ず、自己流の妊活を1年間した後、不妊クリニックを受診しました。

初めはタイミング法を3ヵ月しました。
その間に卵管造影検査と旦那のフーナーテストを行いました。
卵管造影検査で、左の卵管が詰まっていて卵が通りにくいことが分かり、フーナーテストでは、旦那の精子は一般男性の平均を下回っていることが分かりました。
結果、先生からは「人工授精を考えた方がいいかも」と言われました。
その時はショックでしたが、“だから子どもが出来ないんだ”と理由が分かり納得することが出来ました。この時旦那には結果が悪かったことを告げませんでした。
男性はストレスに弱いと聞いていたし、このことでプレッシャーを感じてより悪くなるといけないと思ったので、私だけの秘密にしておこうと決めました。

タイミング法で先が見えないと思った私は、人工授精を希望しましたが、旦那の精子の状態が悪く、実施すことはできませんでした。
再びショックを受けて車の中で涙を流しました。
「これは旦那にも頑張ってもらうように努力してもらわなければならないな」と思い、旦那に精子の状態が良くないことを報告しました。彼は落ち込んでいましたが、すぐに前を向いて「俺も頑張る」と言ってくれ、ニンニクエキスのサプリメントを飲んだり、魚介類中心で亜鉛を多く含む食事を摂る事を心掛けたりしてくれました。
その後、体外受精の希望を医師に伝え、体外受精をすることになりました。
体外授精は、採卵、受精卵を凍結保存、一周期生理を見送ってから移植という流れです。採卵までに薬を使って子宮内膜を厚くしたり、自己注射をして卵をいっぱい成長させて1度にたくさん採れるように準備をしたり、病院にも週に3回通いました。

採卵は6個採れてうち5個が成熟卵、うち4個が受精したのでその4つを凍結することになりました。凍結した内の3つは胚盤胞まで育て、1つは2分割での凍結でした。

移植は、一周期生理を見送ってから行いました。
その約2週間後に血液検査を行い、HCGホルモンの値で妊娠判定ができます。
1回目の判定結果は陰性。悲しかったけれど、まだまだ自分には努力出来ることがある。と前向きにとらえて、医師からすすめられた薬やSEET法(受精卵が浸かっていた培養液を膣に入れると着床率があがるらしい)を行い、不妊に評判が良い鍼灸院にも通いました。
しかしながら2回目も陰性。
その後、3回目も陰性。
疲れ果てた私は治療をお休みすることにしました。思う存分遊んで、旅行して、趣味である登山をして、もう妊活を終わりにしよう。と決めました。でもまだ1つ、卵が残っていたので“最後の卵ちゃんを迎えて終わりにしよう。”と思い、2周期生理を見送った後の4回目の移植で陽性判定をもらえました。
その間、旦那は漢方医に漢方を処方してもらって、鍼灸院も通い諦めないで頑張ってくれていました。体外受精がはじまって、7か月目のことでした。

 

辛いなら無理をしなくたっていい。大切なのは自分の心が楽な生き方を選ぶこと。

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妊活を始めると色々と気になってしまいます。
「この前結婚したあの子は子どもが出来たかな?」
「この子のところも、子ども産まれたけど結婚後すぐ出来たのかな」
妊活当時はそんな思いで頭がいっぱいになっていました。
考えれば考えるほど辛くなるのはわかっているのに、どうしても考えられずにはいられない。汚い感情があふれ出てくる。こんな自分は嫌なのに感情を止められなくなっていました。

3回目の移植で陰性が出てからは、小さい子どもを見るのも辛く、妊婦さんを見るのも辛かったです。
友人や知人の妊娠報告を聞いても心からの「おめでとう」という言葉は出てこないのと同時に泣きたい気持ちになりました。

でも「それでいいと思う。」「自分に無理をさせる必要はない。」「辛い自分を認めて素直に心の声に従っていけばいい。」それが私の出した結論でした。
大丈夫、不妊で悩んでいるみんなは同じ事を思うのだから。

“そういう時期がくるよ”と励ましの言葉を友達からかけてもらっても、
「そういう時期ってそれはいったいいつ?」「そんないつかの時期じゃなくて今すぐに欲しいのに」と思っていました。

でも妊娠判定後は、「本当に“そういう時期“があるのだ」と思いました。
どんなに頑張って妊娠につながるいいことをしたって、どんなに望んだって、出来る時は出来るし、出来ない時は出来ない。
厳しいかもしれないけど、それが何回も移植した結果悟ったことです。

今思えば、焦らず、夫婦二人の時間をもっともっと楽しんでもよかったのかなとも思います。子どもがいると自分たちのペースでは動けないし、経済的にも贅沢は出来なくなるし、旅行するにも行ける場所が限られてきます。夫婦二人での時間はとても貴重なものだと今なら思えます。しかし当時は必死ですからなかなかそのように思えませんでした。

 

赤ちゃんは夫婦のベストなタイミングを見てやってきてくれる。

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義母に誘われて観た映画“かみさまとのやくそく”というドキュメンタリー映画があります。
子どもは産まれる前からの記憶があって、なんで産まれてきたのか、子どもは目的を持って産まれてくる。そして子どもがお母さんを選ぶというお話でした。
「優しそうなお母さんだなと思ったから」「きれいなママだから選んだ」など子どもたちがお母さんのおなかに入る時のことを語ります。

その映画を観て色々と感じることがありました。
赤ちゃんがこのタイミングで私たちのもとに来てくれたこと、絶対そのタイミングには意味があるものだと思いました。それは、私たちが悲しんでいたから来てくれたのだろうか?それともいっぱい愛してほしくてやってきてくれたのだろうか?その意味は分かりませんが赤ちゃんが私たちを選んできてくれたのです。

今回の治療でたくさんの辛い思いをしたことで、赤ちゃんが出来た時は本当に本当に嬉しく思いました。だからこそお腹の赤ちゃんとの1日1日を大切に過ごすことができたし、辛いつわりの時期も「つわりがあるってことは、赤ちゃんが生きているということ」そう思えたので、私にとってつわりはありがたい現象でした。
きっと神様は他のだれよりも赤ちゃんを愛してほしいから、私たちには辛い試練を与えたのだなと思いました。

赤ちゃんは気長に待っていれば必ずやってきてくれます。
空からベストなタイミングを見ています。

自分に合った妊活方法が必ずあるはずです。
ストレスにならない方法で妊活出来るのが一番だと思います。自分がどういうことが好きで、どういうことがストレスになるのか、しっかりと自分の内面と向き合って対話して妊活の方向性を決めていくと、無理なく妊活が出来るようになるのではないかと思います。子どもを授かるというのは奇跡の連続。
何が正しくて何が良かったのか…考えたっていまだに答えはわからないものです。
答えなんてないのかもしれません。次回はなぜ私がそのクリニックを選んだのか、クリニックを選ぶポイント、治療はどんなことをしたのかなどを詳しくご紹介したいと思います。
Written by kaho
愛知県在住の30歳主婦。2年の妊活を経て妊娠、出産。
現在3ヵ月になる娘の育児中。趣味は登山、料理やお菓子作り。健康オタク。

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